産業保健コラム
山田 達治
所属:京セラ株式会社 本社 専属産業医
専門分野:産業医学・メンタルヘルス
職場巡視も基本が大事
2015年3月2日
私は現在、大企業の本社ビルで産業医を努めています。修行時代には家電、食品加工業、流通業などの工場や事業所で経験を積ませてもらい、業種によって様々な安全衛生上の課題があることを知り、興味が尽きませんでした。現場の人々の安全意識も高いので、共に改善を目指す取り組みは楽しかったものです。その点、オフィスビルの職場巡視は何とも退屈に思えました。従業員たちも、特に職場に危険源が存在するという意識を持っておらず、些細な物事ばかり指摘しおって、と思われているだろうなあと憂うつな気分になったこともしばしばです。しかし、最近では考え方が変わってきました。以下、私がオフィスの巡視の意義を見直す契機となった出来事を2点書かせて頂きます。
1.素人でも分かる基本的事項を見逃さずに
従業員代表の安全衛生委員から、「安全衛生マネジメントシステムを導入していながら、どうして労災が無くならないのか」という疑問が出たことがあります。毎年手間のかかる作業をさせておきながら効果は出てないのか、と言いたくなる気持ちは分かりますが、労災件数だけを見てマネジメントシステムに効果がないと言うのは早計です。私が勤めている会社では、マネジメントシステムの導入以来、死亡災害その他の重大災害は大幅に減少しています。有害作業や危険個所を計画的に潰していくには、マネジメントシステムは確かな効果を発揮していると思います。
一方、全社速報を見ていると、現在散発している労災は大部分が「滑った、躓いた、踏み外した」などが原因となる転倒事故が大半を占めています。今や多くの国内企業では法令遵守やマネジメントシステム導入により安全衛生管理が行き届いて昔のような危険有害要因が減る一方、こうした小さな災害の要因を無くすことは容易ではないようです。こうした種類の災害を防ぐには、製造業で培われてきたKYTや職場巡視などの、いわば伝統的な安全衛生管理こそが力を発揮するのではないかと思います。
実際に職場を歩いてみると、危険源というほどでもないルールの逸脱が目立ちます。
例えば、
<防災上の問題>
・電気配線のルール逸脱(タコ足配線やトラッキング防止の不備)
・防災設備のルール逸脱(消火器が物で隠れている、排煙設備を妨げる場所に 物が置かれている)
・棚の転倒、落下防止措置の不備
<人の転倒などの危険を招く事象>
・床を這う弛んだケーブル
・物が置かれて通路が狭められている、など。
本来、これは産業医や衛生管理者でなくても判るはずの逸脱です。職場の人々は特に危険とも不自由とも意識せずに業務を行っているので、こうした事象を指摘すると、面倒な表情を露わにされることもあります。するとこちらも気持ちが怯んでしまい、これくらいはいいか、と通り過ぎたくなる気持ちになることがあります。それでも、また労災速報で躓き事故を目にすると、やはり疎まれてでも言わねばならぬ、と決意を新たにするのです。
2.工場の安全衛生管理も基本的事項から
私も稀には工場に出張した際などに職場巡視を頼まれる機会があります。当日いきなり連れて行かれた現場は、どんな有害要因があるのか、それ以前に何を作っているのかさえも知らないことが多く最初は面食らいました。もう何年も製造現場の巡視をしていなかったからです。しかし、いざ現場に入ってみると、目につくのはオフィスと同じような、素人でも気づくはずの事象です。騒音、有機溶剤、粉じんなどの有害要因がばっちり第一管理区分で保たれている一方で、通路に台車が放置されているなどの判りやすい逸脱があったりします。
こうして多様な職場環境の巡視をしてみると、オフィスに存在する危険有害要因は、あらゆる職場に共通しているのだと判ります。そして、労災の大部分の原因はそこにあるのです。些細に思えるルール逸脱を是正していくことが労災の芽を摘むのだという信念をもって、平素から職場の安全意識を向上させていきたいものです。
山田 達治