産業保健コラム
山田 達治
所属:京セラ株式会社 本社 専属産業医
専門分野:産業医学・メンタルヘルス
今度こそ、咳エチケットは根付くのか
2020年7月1日
高病原性鳥インフルエンザH5N1の脅威が高まりつつあった2006年頃から、我々は「レスピラトリーエチケット」の普及に努めてきた。2009年の豚インフルエンザH1N1パンデミックの際には、より親しみやすく「咳エチケット」と呼び変えられて人口に膾炙した。以降も季節性インフルエンザの時期には咳エチケットについて繰り返し教育した。それでも十分に浸透したとは言い難く、マスクなしで遠慮なく咳をする人は後を立たなかった。
今回のCOVID-19パンデミックでは、人々はかつてなかった程にマスクの確保や使用に執心している。とはいえ、自転車走行中や人と接触しない広い場所でも強迫的なまでにマスクを装着するかと思うと、外したマスクを食堂のテーブルに置くような問題行動も散見する。十余年の啓蒙活動により咳エチケットが根付いたというよりは、恐怖心から、マスクの防御能力を過大評価して使用しているのだと思われる。
咳、くしゃみをする時に、周囲に飛沫を飛び散らせないためにマスクをする、というのが従来の咳エチケットだった。加えて、大声で会話する際に発生し室内を浮遊するエアロゾルによる感染経路や、無症候感染でも他人にウィルスをうつす可能性が指摘され、咳やくしゃみがなくても、人と対話する時にはマスクを着けることが求められるようになった。咳エチケットは徐々に人々に理解されつつ、内容を進化させている。
少し前まで、職場や電車の中でタバコを吸うのは当たり前の行為だったが、現在では分煙が徹底され、副流煙で苦しむことは稀だ。また数十年前の企業は大気や河川に遠慮なく有害物質を垂れ流したが、現在では環境にクリーンであることが重要な企業価値となった。人や社会の意識、行動、ルールは劇的に変わるものだ。我々は今まで、抗う術がないかのように季節性インフルエンザの大規模な流行を受け入れてきたが、人口の大多数が三密や適切なマスクの使用、手洗いを励行すれば、それを制御できる日もやってくるのかもしれない。
山田 達治