産業保健コラム

杉本 二郎


所属:杉本医院からすまメンタルクリニック 院長

専門分野:産業精神医学・精神科治療学・心身医学

適応障害と事例性

2024年7月1日

 職場に提出されるメンタル不調者の診断書には様々な病名がついていますが、ここ数年「適応障害」が目立ちます。

 職場環境や業務内容の変化、人間関係などがストレス因となって発症します。仕事以外でも家庭内のストレス因や身内の不幸、事故や病気・介護、自身の癌の発症等々のストレス因でも生じます。「自分自身と自分を取り巻く環境に順応できずに不安や抑うつ気分等が生じて日常生活に多大な影響を与えている障害」と言えます。

 だとすれば、「適応障害の背後にはどういった問題があるのか?」といった視点が必要です。これを事例性と呼び、「職場環境改善により不調者を減らす」という産業保健の大切な課題です。職場の照明や通路の段差を改善する事でミスや事故を防ぐ事ができるのに似ています。

 一方で、骨折や心臓病など診断と治療方針がある程度確立している疾患については、「しっかり治して復帰してください」と病気の治療を優先した対応をします。これを疾病性と呼びます。しかしこれらの身体疾患についても労災認定されると事例性が問われます。

 事例性と疾病性は複雑に絡み合っており、個々のケースに応じて比重を変えて対応する必要があります。

 例えば「肝障害」で1ヶ月間自宅療養の診断書の出た人が、実は職場の上司と折り合い悪く、ストレス発散のために長年飲酒を続けているうちにアルコール依存症になり肝障害を併発した、というケースもあります。この場合も「肝臓を治して復帰してください」では再発します。依存症の治療と働き方や人生についてしっかり振り返らないといけません。また、職場の安全配慮義務についても検証が必要でしょう。不安と抑うつが適応障害の症状でも「しっかり休んで適応障害を治してください」では済まないという事です。

 「どういったストレス因があるのか?差し支えなければ話して欲しい。異動した事で何か問題が生じたのか?人間関係?ハラスメントとか?職場内の事で対応できる事があればなんとかしたい」と診断書を受け取った上司は本人に伝えてください。普段からラインケア研修をしっかり行っている職場では、周囲からの情報が結構入ってきて予測できることもあります。

 産業医面談でも職場内の状況などの情報を事前に産業医に提供する事が大切です。

 「適応障害」の背後に発達障害や気分障害といった病気が存在することもあります。しかし、産業医も上司も人事も、先ずは本人の人格や個人情報を尊重して、「職場内でどういった不具合が生じているのか?」をしっかり聞いてください。いたずらに「発達検査を受けてはどうですか?」などと疾病性を持ち出さないことが肝要です。

 そうする事で問題の早期発見・対応を行うことができれば、診断書の休養期間を待たずに復帰に繋げることも可能な事例があります。何よりも、日ごろから職場環境改善に努め「適応障害」の診断書の出てこない職場づくりが求められています。
(ラインケアや安全配慮義務等については厚労省の「こころの耳」を参照ください)

 

働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト『こころの耳』
    https://kokoro.mhlw.go.jp/

杉本 二郎