産業保健コラム
武田 理栄子
所属:
専門分野:シニア産業カウンセラー・キャリアコンサルタント・心理相談員
介護施設の職場で
2019年5月7日
虐待事案を生じさせた介護施設のスタッフがどのような思いを抱えなが
ら、職場を去らずに、自分の仕事への誇りを取り戻すことができたか、そ
の努力の取り組みの一端をお伝えいたします。
施設で虐待が生じた場合、施設のスタッフは職場のトップから知らされ
るよりも報道で知るという場合が多々あります。スタッフは驚きとともに、
トップへの不信感を抱きがちです。
ある施設は事件直後からスタッフ全員のカウンセリングを実施しました。
事件当初のスタッフの声は「外へ出にくい」「職場のユニホームで外へ出
る仕事は気持ちがふさぐ」「虐待ではないかと思っていたが、言い出せな
かった」「職場を傷つけられた」など、全体としては「自罰的感情」が
強くなりました。「職場や仕事が傷つけられた」と感じ「職場や仕事に
誇りを持てなくなった」と、自己肯定感が下がり「管理職や上司への不満、
不信」など日ごろのうっ憤が噴き出ていました。
職場の改善委員会は「なぜ虐待が起こったのか」「なぜ見過ごしたの
か」という自らの仕事を見直して、業務改善に取り組みました。勤務開始
時のショートミーティング、二人体制の実行など、ヒヤリハットを積極的
に拾いあげ、情報の共有を図ることを、主任クラスが中心となって行い、
業務改善に反映させてきました。
別の施設では、虐待防止委員会が中心となり「セルフチェック」と
「利用者アンケート」で業務実態のすり合わせを行い、自己点検を促す
取り組みを実施しています。仕事が慣れたころに、忙しさに紛れて、利用
者への配慮が抜け落ちていくことが起こらないよう全スタッフに注意喚起
及び研修を行い、実施後においても研修の目的や内容を書面にてフィード
バックするなど、丁寧で地道な取り組みに努めました。また「人手が足り
ないことを理由にしない」という意識改革も併せて行いました。
事件が収束した今でも「虐待」という言葉を聞くだけで、胸が苦しいと
いうスタッフの声も聴かれます。事件は利用者、家族はもとより、職場で
働くスタッフにも大きな影を落とします。事件後、これらの取り組みによ
り退職者が最小限にとどまり、「職場への愛着を感じている」「意見を
言える環境になった」という声が増えてきたことはうれしいかぎりです。
武田 理栄子