産業保健コラム
森崎 美奈子
所属:京都文教大学 臨床心理学部 客員教授
専門分野:臨床心理学 精神分析学、産業精神保健、労働衛生、職場不適応支援 他
雑感 “ペストの記憶”
2021年5月6日
中国で原因不明のウイルス性肺炎患者の多発報道を端緒に、「COVID-19」と名付けられた新型コロナウイルスが世界的に蔓延し、パンデミックという異常事態に置かれて1年余になる。更に、最近は英国型の変異株が急速に広がり、私達は社会経済等で先行きの不透明で不安な公私生活を送っている。この新型コロナ禍で私自身もホームワークを余儀なくされ、自宅に引きこもり、TVを見る機会が増えた。その中で特に印象的であった番組について述べてみたい。
伊集院光氏と安部みちこアナウンサーを司会役として、ゲストのわかりやすい解説とナレーション、紙芝居等の演出によって、古今東西の難解な名著に迫るNHKの【100分de名著】は私の大好きな番組であるが、昨年9月に『ペストの記憶』が放映されたことは意義深い。『ペストの記憶』は、『ロビンソン・クルーソー』の作者として知られるダニエル・デフォーが、1722年に発表した文学作品である。H.Fという架空の語り手が、1665年のロンドンで実際に発生したペストに関する見聞を記録し、そこにH.F自身の意見や批評を加えたとの想定で発表された。
番組では、武田将明氏(東京大学准教授)をゲスト講師として、パンデミックの問題を鋭く描いた「ペストの記憶」に現代の視点から光を当てられていた。第1回の「パンデミックにどう向き合うか?」では個人の内面を、第2回の「生命か、生計か? 究極の選択」では生命の安全と経済を両立できるのかを、第3回の「管理社会 VS 市民の自由」では行政政策の有効性や背後に孕む問題を、第4回の「記録すること、記憶すること」では危機を記録することの意義が講師と司会者間で討議された。番組を視聴した私は、当然のことながら、今まさに世界を席巻している新型コロナウイルス感染症との関係に思いを馳せないわけには行かなかった。自粛生活、隔離生活、ソーシャルディスタンス、失業や廃業の危機の問題等々、『ペストの記憶』に記された話は、現在の私達にとってあまりにもリアルな身近な事象であり、「パンデミックとの向き合い方」「危機管理のあり方」「生命の安全と経済問題の両立葛藤」に苦悩している私達に生き延びるための知恵やヒントを示してくれているとの感を抱かせ、人類は英知を集結させることで、必ずコロナ禍を乗り越えられるとの思いを深めた次第である。
最後に、武田氏が「パンデミックが起こったときに〝正しく怖れること〟を学ぶこと」と述べられたこと、更に、伊集院氏が、「行動したり選択したりする際に、ベターを選ぶように常に努力するが、決してその選択をベストとは思いこまないこと」と述べられたことが心に深く刻まれた。是非、『ペストの記憶/ダニエル・デフォー/武田将明訳 1917(研究社)』を一読されることをお勧めする。
森崎 美奈子