産業保健コラム
篠原 耕一
所属:社会保険労務士法人 京都綜合労務管理事務所 所長
専門分野:労働安全衛生関係法令・労働基準関係法令
労働安全衛生法を活かすために
2018年3月1日
「篠原君。労働安全衛生法は働く多くの人達の犠牲、すなわち『血』で
書かれたルールなんやで。」労働基準監督官として最初に赴任した監督署
において、先輩のT監督官から教わったこの言葉は、私の脳裏と心に今も
深く刻まれている。
死亡災害や重篤な災害には、直接的には安全装置等の不備、間接的には
安全衛生管理体制不備や安全衛生委員会の審議不良等、何らかの法違反が
見受けられる。
多くの人が挟まれたからカバーを、多くの人が墜落したから手すりを、二
度と悲しみを繰り返さないための再発防止のルール、それが労働安全衛生
法である。
数年前、社会問題となった化学物質にしても、確かにその物質そのものは
特別則の規制対象外ではあったが、衛生委員会で正しく審議され、類似の
化学物質に適用される既存の『血』で書かれた法規により管理を行ってい
たなら、あれ程の大惨事にはならなかったであろう。
先月、友達の三柴丈典先生(三柴先生が私のことを友達と思っているか
どうかは知らない)が講演の中で、
「膨大な数の労働安全衛生法令の全ては守れない。なら100ある違反を50
に減らす。アセスメントを実施し、会社にとって遵守すべき50の優先課題
は何なのか?優先すべき50を決め遵守する」
という趣旨のお話を伝聞としてされていたが、実に良い話であると感じ入
った。講演後、三柴先生に早速この話をしたところ、「それは篠原先生
(三柴先生は全ての人に「先生」という敬称をつけて下さる)から聞いた
話ですよ」と返され、確かにどこかで聞いたことがある話ではあると思っ
たが、我ながら頼りない限りであった。
話は変わるが、昨春50歳になり、そして昨秋に実父が亡くなった。
自分はいつまでも若いままで50歳にはならない、そして自分の両親はいつ
までも健康で元気でいてくれるという2つの「思い込み」が崩れ去った。
大学生の時、一番の親友を喪った。学生時代の親友は、何よりも誰よりも
大切な存在である。何年も悲しみに暮れ、今も悲しみが癒えず、思い出す
たび悲しみの涙が流れる。
しかし、父を喪った時の涙は、悲しみの涙ではなく、むしろ感動と感謝の
涙であった。
屋外建設労働者として年300日以上現場で働き続けた父、質素な身なりを
続けながら時計だけはSEIKOの腕時計にこだわり時間に厳しかった父、
困っている親類に多額の援助をしていた父、亡くなった後知ることもあっ
たが、父は人生を全うし、思い出話に多くの笑顔さえあったお別れだった。
ところが、労働災害や過労死・過労自殺で亡くなった人達の周囲はどう
だろうか。
人生を全うできず、無念の死を遂げてしまった、そんな最愛の家族や友を
喪った人達は、いつまでも悲しみの涙、悲憤の涙を流し続けることになる。
労働安全衛生法は『血』で書かれた大変有効なルールである。
時代時代を写しながら、多くの改正や追加が行われ、数多くの規定が存在
する。
その多くの中で、悲しみの涙を流させないための、我が社が優先すべき
ルールは何か?
有効なルールである労働安全衛生法を活かすために、正しく見極めていく
ことが大切である。
篠原 耕一